ヲタク

ヲタク讃歌

世の中にはたくさんのヲタクと言われるカテゴリーに類されるジャンルがあり、それぞれが毎日楽しくヲタク活動に没頭している。

僕はハロプロアイドルヲタクだけど、コンサートやライブ、握手会、舞台、直接アイドルが出演するだけでも楽しいのに、Blu-ray、DVD、FSK、コレ写などのグッズ、さらにはロケ地を巡る、聖地巡礼、アイドルがブログで紹介したお店で同じ物を食べるなどアイドルヲタクは毎日とても忙しい。

仕事なんかしてる場合じゃないほどに多忙を極めている。

もうすでにヲタクは、目指される存在になりつつある。

僕が少年期~青年期を過ごした時代、ヲタクは隠すもの、見つからないようにするものであった。

それは過去に起きた悲惨な事件に起因するレッテル張りと偏見にまみれたヲタク受難の時代である。

特殊で偏執的と言えるほどの強い嗜好で人生を強烈に楽しむ特殊な人たち。当時の学校や大人が教え導く【正しい生き方】を真面目に守り、平凡を掲げ没個性が正義として跋扈する日本人的「普通の私達」が安心するためのスケープゴートだった。

しかし、言うまでも無くほとんど大多数のヲタクは社会に対して無害であったのだ。(当たり前) ※ドロップアウトした「不良」は「普通の私達」がある種の憧れを抱くカテゴリーとして確立されており、マニア・ヲタクとは、はみ出し者としても全く別の扱いである。

現在、世の中を牽引しているパワフルな人達の多くはヲタクそのものであるかヲタク的資質を十分に発揮している人達である。

一昔前から「個性を大切に」「個性を主張することが価値」みたいなことが言われるようになって来たけれど、それよりずっと以前、マニアと呼ばれる時代からヲタクは呪縛と戦いながら、校内カーストで虐げられながらも、独自の人生を謳歌してきた。

やりたい事がわからない。楽しい事が見つからない、という人達の悩みを【人種】としてのヲタクは多分、まったく理解出来ないだろう。

なぜなら自分の感性の中から大好きなものが沸き上がり楽しいが止まらない毎日だから。(好きすぎて病むことはしょっちゅうであるが…。)

受難の時代を経て、今からこれからのヲタクには明るい未来が待っている。SNSのおかげで世界中にいるたくさんの「同士」と繋がる事ができ、強烈に好きな人しか理解出来ない沸き上がる楽しさを共有することが出来る。昔は仲間探しも大変だった。

今、ヲタクとして生きてきたことが替えがたい資産である事を実感している。「好き」や「楽しい」が僕の思い描いている未来の社会と重なって、明るい将来を作り上げていくエネルギーになっている。やっと時代がヲタクに追い付いたのだ。

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