ヲタク

転売行為に見る需要・供給の意識と視点

高額転売厨!○ね!

 いわゆるプラチナチケットの抽選結果発表後にツイッタータイムラインで多く見られるエキセントリックな文字ですが、令和元年6月14日に施行された「特定興業入場券の不正転売の禁止等による興業入場券の適正な流通の確保に関する法律」(略称:チケット不正転売禁止法)について、僕が見たアイドルヲタク界隈について考えたいとおもいます。

 チケット不正転売禁止法については文化庁のリンクをご参照ください。http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/ticket_resale_ban/index.html

 そもそもは法律で決められていて「興行の主催者から販売を許可された人以外は売っても買ってもだめですよ」という話なので、転売の是非やグレーゾーンに関して書くことは今回の狙いではありません。

 では何を書きたかったというと、転売という行為に対する解釈が【場合によって】変化するヲタクの意識と行動です。

 興業主側はもちろん「プロフェッショナル」ですので、お客さんに来てもらわないと商売になりません。あらゆる手段で可能なリソースを使って最高のエンターテインメントを提供してくれます。そして(極論ですが)来てもらえる最大限のキャパシティが金銭的に確約されれば、興業の催行についての問題はすべてクリアできる仕組みであると言えるでしょう。(道義的な責任は転売行為をする側にあるので)

 そして選ぶ側の我々ですが「どうしても行きたい公演」と「行かなくても良い(行くことができない)公演」があり、それはスケジュールの都合だったり金銭的な都合だったりします。ここで「面白いな」と思えるのは「どうしても行きたい公演」に対しての、上にある「高額転売」に対する「タヒね」などのアジテート(煽動)です。

 怒りの感情の矛先は一見「不正に対する糾弾」のように見えますが、実は「高額」であることが最大の要因です。定価や定価以下の公演チケットの転売には、むしろほとんどの人が寛容です。それは購入規定枚数が2枚以上であるときに【同伴枠】や【救済枠】という名前の転売を多くの人が行っているにも関わらず、それについてアレコレ言う人も居ない事や、地方の平日など参加が困難で不人気な公演での定価割れ転売に関心が無い事が物語っています。

 ではなぜ、そのように明確に規定されている法律に対して「場合によって」安易に態度が変わってしまうのか?それはやはり、インフラなど世の中の生活に直結する問題ではなく「エンターテインメント」という営為の性質に対し「感情」がその定義の側面を大きく支えている分野であることが要因の一つではないでしょうか?

 話は大きくなってしまいますが、明日の食事や住居、公衆衛生の心配がほとんど無い日本のヲタク界隈だからこそ、必死の感情が発露するのは「ある意味」健全?な社会の景色とも感じています。

 

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